★なぜ舞鶴が肉じゃが発祥の地なのか?
 舞鶴は日本海側唯一の海軍鎮守府が置かれたまちです。それは明治34年(1901年)のことでした。
 海軍舞鶴鎮守府初代司令長官として赴任したのは東郷平八郎中将でした。
 東郷さんは23歳から30歳までの7年間、英国に留学し国際法などを学びました。
 英国で食べたビーフシチューは東郷さんの大好物となりました。日本に帰ってからもその味が忘れられなかったのです。

 初代長官として舞鶴に赴任した東郷さんは、長年思い続けたビーフシチューを料理長に命じて作らせました。
 しかし、当時の舞鶴には英国のようなワインやバターなどの調味料がなく、
 料理長は、醤油、砂糖、胡麻油で味付けをして作りました。
 できあがった食べ物はビーフシチューとは似ても似つかぬものでしたが、食べたらとてもおいしかったのです。
 しかも、それを食べた水兵さんたちはぐんぐん元気になっていきました。
 冷蔵などの貯蔵技術のない当時は長い航海の間はビタミン不足で脚気や壊血病でたおれる水兵さんが少なくなかったのです。

 おいしく栄養価の高い肉じゃがは
 とびっきりおいしい艦上食(軍艦での食事)として全国に広まり、
 やがて各家庭に伝えられ【おふくろの味】として定着していきました。

 舞鶴の海上自衛隊第四術科学校の図書館には
 「海軍厨業管理教科書」が残っています。
 その教科書に「甘煮」として書かれているのが肉じゃがなのです。

 この教科書は全国で舞鶴にしか残っておりません。
 これは、肉じゃがが舞鶴の海軍から始まったことを表しています。

まいづる肉じゃがまつり実行委員会はこの教科書に書かれた海軍式元祖肉じゃがを再現し、元祖まいづる肉じゃがとして後世に伝える活動を続けています。